私は膝の専門家で前十字靭帯と人工膝関節の得意な整形外科医(スポーツドクター)です。

スポーツドクターみやの日記

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2008/11/03

ロンドン・インペリアルだより 第5号  〜ライフライン

1ヶ月経ちました。いろいろなことがあります。
海外生活でも、日本で新しい土地に住むにしても重要なことがあります。
ライフラインの確保が先決となります。

ところで、ライフラインってなんだろう?

ライフライン (lifeline) とは、元は英語で「命綱」の意味だが、日本ではおもにエネルギー施の設、水供給施設、交通施設、情報施設などを指す言葉で、生活に必須なインフラ設備を示す。現代社会においては、電気・ガス・水道等の公共公益設備や電話やインターネット等の通信設備、圏内外に各種物品を搬出入する運送や人の移動に用いる鉄道等の物流機関など、都市機能を維持し人々が日常生活を送る上で必須の諸設備を言う。(Wikipedia“ライフライン”から引用)

なーーるほど。ここで、実は驚いたのが、すでに“インターネット”が含まれていることだ。

まあ、それはそれで、整理すると
1) 家
2) ガス、電気、水、お湯
3) LAN&PC+電話Land phone
4) イギリスの携帯電話 Mobile phone
5) 寝具
6) ラジオ
7) TV
8) イギリスの銀行口座
9) GP(町医者の主治医)

UKに来て一番まず必要なことライフラインの確保。家・ガス・電気・水・お湯、LAN&PC+電話Land phone、UKの携帯電話 Mobile phone、寝具、TV(ラジオ)、UKの銀行口座。一番苦労したのは、インターネット。これをつなげるのに自宅でも大学でも苦労した。日本でいれば簡単に話が終わっていくようなことが、言葉の壁と文化や習慣のあたりまえなことがわからず、大変。また日本のようなサービスがよくないからいちいち進まない。ネットとつながるまで不自由した。ネットがないと連絡もできない。ネット難民だと思った。そのとき一句浮かんだ。『LANなくて、ネットができなきゃ、ただの浮浪者』と詠み、自虐していた。愛用のMobile phone£19でラジオを聞きながら、通勤、仕事に英語を欠かさない。優れものだ。


洗濯機に水没して麻痺した優れものだったNOKIAの携帯電話機

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2008/11/01

ロンドン・インペリアルだより 第4号  〜Jacket & Backpack

そこで・・・

第3号の気候を鑑みて、結局、まだ、ダウンコートには早いし、かといって春秋兼用の布のジャンパーじゃいまいち。雨にも弱い。
ロンドンの人は、だから、ウィンドブレーカー(死語か!?)のようなジャンパー(これも死語か!?)を着ている。

さっそく、教室の大学院生Hal(ハオと発音している)くんに聞いてみると、High Street Kensingtonにスポーツ店があるから行ってみるといいとのことで、行ってみた。

そうそう、僕を知ってるひとは、気づいていただろうが、いつも重いカバンをこれは“想いカバン”なのだ。
いつも『あれしよう、これしよう・・』とカバンの中に、あれこれ入れていくうちに重いカバンになってるわけだ。
こないだ、カバンの体重測定を行った。
10kgであった・・・

最近、たくさん歩くためカバンのバックルが金属疲労で砕けた。やはり、現状の歩行状態であれば、ショルダーバックには限界を感じた。大学への通学?通勤?どちらでもないが・・、大学への行き帰りに、片道30分の歩行のためにカバンが必要以上にstressがかかり、破損したわけだ。

そこで、スポーツ店ににて少々高かったものの、大事な毎日使う物なので、 The North Faceの Jacket(Goatex製)とBackpackを GETS!! げっつ!!言わないだろう! I got these!だろう。


おNewのBackpack

 
The North Faceのゴアテックス製Jacket

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2008/10/15

ロンドン・インペリアルだより 第3号  〜イギリスの気候

【イギリスの気候・面積】イギリスは、正確にはUK; the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland つまりグレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国(以下UK)。UKの観光シーズンは5月〜9月。今は寒いのか?ちょっと寒いですね。最高気温は現在13度くらいで、四国なら11月から12月初旬なもんだろうか。
札幌 (北緯42度) 年気温8.5度 1月-4.1度7月20.5度年 年降水量1127.6mm
高松(北緯34度) 年気温15.8度 1月5.3度 7月26.6度 年降水量1123.6mm
London(北緯51度) 年気温10.0度 1月4.4度 7月17.1度 年降水量は750.6mm
(以上平均) 気温は札幌より温かく、
UKの気候は暖流と偏西風の影響下にあるため、北緯50度から60度という高緯度にもかかわらず温暖である。UKの大半はなだらかな丘陵地及び平原で占められ、国土の約90%が可住地となっている。そのため、国土面積自体は日本のおよそ2/3(本州と四国を併せた程度)であるが、可住地面積は逆に日本の倍近くに及んでいる。(イギリスWikipediaより引用改編)


↑本日の天気図

イギリスは寒いか?結論はほどほど。
外は寒いようで寒くない。この秋から冬ってのは、雨が多い。
といっても小雨ばかりなので、傘が微妙な感じ。イギリス人(ロンドン民)は、あまり傘をもってない。
イギリスといえば、ステッキのような細いかっこいい傘をもっているようなイメージだが、そんな人はいない。
傘ももたず、少々ならぬれても気にしていない。
雨はふるんだが、基本的には乾燥しているような気候なので、すぐ乾く。

また、曇りや雨の日は放射冷却が起こりにくいので、朝は比較的冷えない。


天気は不良だが僕はこのとき元気!

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2008/10/14

ロンドン・インペリアルだより 第2号

ロンドンへの 出発は10月3日(金曜日)だった
荷物がらがら、札幌駅を眠い目をこすり、6時半。
夜型にはきつい。
遅れたら大変だったので、ほとんど寝てない。
なんとか、7:50の飛行機に間に合ったものの、成田行きのJALは午前にないのでJALは羽田へ・・ついたら10:00。
成田発は1:20発だよ〜〜
移動時間は約3時間以内。
なにかあれば、終了だ。
なにか・・そう、たとえば列車事故で列車がとまってるとか、
バスなら車の大事故で大渋滞がおきてるとか。
焦ると、やっぱり悪いことばかり、考える。
しかし、バスですんなり、成田到着。

医局のみんなの期待を裏切り、ここまでなにもなっしんぐううう。ぐぐぐ。
今回はちょっと安めのBritish Airway。ラウンジもone worldメンバーなので使用可能。

十分腹一杯食って、一休み。で、さっそく搭乗時間がやってきた。

最後のメールをみんなに打って・・次はいつメールできるかな?
と思いながら、1週間後かなああなんて・・あああああああああっ甘い!と自分に言いたい気持ち。
2週間かかって、メールの整理がついたのが、現実。 機内食はなかなか良い。

相変わらず、飛行機内の過ごし方は完璧で、12時間なんてあっというまだった。
結局映画はみなかった。欠点は日本語放送がない。
内容もつまらない。論文をみて、英語の教材聞いて、英会話の本みて。
PCは交換電池を準備しているから、問題なし。
ついたたところは、ヒースロー空港。もう、夕方5時だった。
金曜日の昼に出て、金曜日の夕方に着く。なんて得なんだろう。
人生得してる。もし、人生に失敗したら、もう1回この飛行機に乗れば時間がもどりそうになるかも。

タクシーはトランクなし。
その分荷物はおきやすいし、スペースも広い。合理的だ。

おうちに着いたら夜だった

疲れながらもポーズをとる。
しかし、毛布も布団もなく、スチームのセントラルヒーティングで暖房だけが入る。
布団は30ポンドで不動産やさんが買ってきてくれた。
あとでわかったが、こちらには24時間何でも手に入る?スーパーマーケットがあるのだ。
人生も手に入るか!? なにがあっても、『人生は、そんなもんや!』と、鼓舞しながら、生きるから楽しい。
『若いときは、苦労は買ってでもするもんや』なるほど、そのとおりになっている。
しかし、そういえば40歳を越えて若いのか〜

近日更新予定、   to be continued・・

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2008/10/13

ロンドンに着いて、生きているのですが。。

ロンドンに着いて、もう10日間くらいになります。
いろいろ、ありすぎて、語りつくせないですが、なにせLANが自由にならない状態ですので、画像を載せることは困難だし、KDDがインターンネットパックを届けてくれるのを待つばかりです。
まずは、BT(British Telephone)の接続が第一でした。
これは先週水曜日に完了しました。
地元のモバイルもゲットしました。プリペイドという言葉は、通じません(ないのか?)。
Pay as you go!= PayGですね。

外人だらけだなとおもたら、自分が外人であることにびっくり。

またお便りします。
早く、つながってほしーーい

Collegeから (同僚イギリス人のログインパスをかりて) 時差 日本時間マイナス8時間

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2008/09/22

はるばる来た北海道が、またはるばるイギリスに行くよ

良い病院=大きな病院=良い医師とみることが多いのが現実だ。これは、もちろん事実である向きもある。つまり大きな病院にはたくさんの患者と多岐にわたる疾患や外傷を経験し、それを多くに医師で共有する。それによって医師の知識や技術レベルが上がっていく。しかしながら、欠点もある。一般的小さな簡単な疾患を軽んじる風潮だ。例えば『こんな軽いのになぜ、うちに来たの?』これは極めてまずい。なぜなら、そういう疾患や外傷になる人の方が圧倒的に多い。これを軽んじれば、いったい何を診療するのだろうか?もちろん難しい症例に大病院は従事すべきであるが、小疾患、小外傷も大事にするべきだろう。でなければ、患者は自分では小疾患、小外傷の区別はつかない。それを患者に優しく伝え、安心してもらい、近隣病院で治療を受けてもらうようにすることが正当な流れだろう。
また、脱線してしまった。

ここからは私の話。これらを整形外科医になった数年で感じ、自分をアピールしていくにはやはり特徴をもたねばならないと考えてきた。そのときたまたま、医師5年目の時に故・栗若正臣先生に出会い、膝関節外科・関節鏡の基礎をたたき込まれた。栗若正臣先生は、若い頃関節鏡の父とも言われる故・渡辺正毅先生に直接手ほどきを東京で受けられたそうです。徳島から毎週通っていたという話もあり、そこまでやっていることが当時中四国で関節鏡のレベルNo.1とも言われていた所以である。このように、医学のある分野の熱意をもって打ち込むことがひいてはこれが患者のためになるわけである。

そういえば栗若先生の下で勉強している頃、日常診療で栗若先生にはかなわないので、同じ分野の自分が先生よちできることには何があるか?実力はかなわないから、患者に丁寧に診療し、気さくに接する診療を心がけるようになった。僕の外来診療のオリジンかもしれない。そのころ思った。みんな若い頃は一生懸命、外来で患者さんと話し、一緒に考えるようであったのが、気がついたら偉そうな人になっている。医師には威厳がなければならない、信頼が必要だから。しかし、本音で接することで気持ちは人間同士であれば、つながるはずだ。威厳だけでなく、気持ちを通じ合わせることが重要だと、10年たっても思えてればいいなと昔考えていた。覚えてて良かった!

 
栗若良臣先生と私(1998年6月)

ますます、スペシャルな世界へ前進を続けようと誓いながら、イギリスへ旅立つ準備をしている・・あ〜〜〜荷物がまとまらん!

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2008/07/02

London Imperial College Visiting Trip - 9th Day-

2008年7月2日 Wednesday

今日は朝6時に起床。風邪引いて調子不良だが、葛根湯でやや復活。
今日は午前中にTower bridge、Harrods、Imperialの売店の3箇所で観光、土産get。
さあ出発だね。今朝8:30、日本は16:30。今日の天気は曇り。

今日は夜7:00フライトだ。慌てるね。あっという間の10日間だった。

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2008/07/01

London Imperial College Visiting Trip - 8th Day-

2008年7月1日 Tuesday

今日のmissionはAmis先生との再面談。
この話も書く時間がなくなり、後日、ゆっくりと・・

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2008/06/30

London Imperial College Visiting Trip - 7th Day-

2008年6月30日 Monday

今日は平日だが近藤先生の実験の進みもよく、Imperialお休みし、
朝からWimbledonにくりだすmission。

列をなす500m近くのが3本できている。


御機嫌よく並んでいたが・・・


いつのまにか死んでいる・・


列は動いても約1km〜1.2kmくらい続いている

  
とうとう入れたよあこがれのウィンブルドン

      

      

      

少年女子でも180cm以上で力感抜群なサーブが繰り出される。センターコートはみれないが、男子や女子トップは200kmを超える!

ウィンブルドン期間中限定タクシー 十分堪能したが、試合時間が3時間を超え、炎天下で見るほうもへとへと。
帰った死にました。日焼けが痛いし、熱いし・・

to be continued・・・

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2008/06/29

London Imperial College Visiting Trip - 6th Day-

2008年6月29日 Sunday

今日もなぜか快晴。最近は雨男は返上中だ。
Embankment駅で元英語の先生のDave。
イギリス人なので、6月はじめに帰国してしまったので、逆にロンドンでは会える。
奥様も存じ上げてるので、今日はFamilyと合流させていただく。
Embankment周辺は公園もある上、重要な国会議事堂やその他の省庁がある。
さっそく再開を喜び会い、周辺散策に出発。

  

  

  

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ボートの上で食事をとり、僕はいつものバーガーだ。
アメリカンだねと言われながら、日曜日で人がすごい。
ロンドンが都会であることを再認識しながら、BIg benの謂れをDaveに聞いたが知らないようだ。
やはりこういう話は地元の人よりガイドブックか。
工事監督がBig Ben と言われていたようだ。
Westminister寺院も外観をみて、コベントガーデンのイタリアンカフェでゆっくりし、再開を確認し、Covent Girdenの駅を後にした。
夜は疲れて、ぐっすりくん・・ZZZZ おやすみです。

to be continued・・・

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2008/06/28

London Imperial College Visiting Trip - 5th Day-

2008年6月28日 Saturday

今日は朝9時過ぎに行き、実験のマスターが重要なmission。
その後は、近藤邸にお邪魔。

実験はhuman real knee。STGを渡され、いつものようにtendon周辺のよけいなsoft tissueを除去。
今回はbase ball sutureなので、ひょいひょいとタイクロンをかけていく。

real kneeの靭帯を切って、再建。そしていろいろ測定。
詳細は機密事項なのでここまでね。

    

実験は食事もそこそこに夕方6時まで続いた。これはなかなかの重労働だ。
1シリーズの完結で、お片づけをして、地下鉄に乗る。
まだまだ、外は明るい。夜の10時くらいまで明るいのだ。

着いた駅周辺には何もない住宅地、西洋風の建物が並ぶ。
ロンドンの屋根の色はみな茶色に統一されているようだ。
ちょっと場所が違うが Earling broadway付近のおうちは
  

近藤邸はきれいな洋館で、おうちも広い。コンナおうちに住みたいなって感じ。
近藤先生の奥様にはたくさんのご馳走を作っていただき、久しぶりの手料理に舌鼓をうち、満足。
お腹いっぱいで、Cokeを片手に調子に乗ってしゃべりまくり、気がついたら朝3時になっていた。

うーん・・・迷惑な客になってしまった。ごめんなさい。ZZZZ..............

ここから、5th day

朝は、English breakfastで紅茶をいただきながら、いい感じで、時間を過ごし、昼前に大変お世話になり、恐縮しながら近藤邸を後にした。
駅までお見送りしていただき、電車から手を振りながら、ちょっとさみしい感じで、感謝感謝です。

昼から札幌で英会話のレッスンを受けていたイギリス人のDaveのfamilyと待ち合わせ。
Embankment sationで早く着いたのでぶらぶら。

to be continued・・・

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2008/06/27

London Imperial College Visiting Trip - 4th Day-

2008年6月27日 金曜日

この日は昼前に実験手伝いをしたのち、昨日のロング歩行に、2時間仮眠をとり、目的の家探しに不動産屋をチェック。
West Actonまで地下鉄で行き、近藤先生recommendの2)Japan serviceと連絡取れ、ここを選択。

1)ロンドン東京プロパティー
http://www.london-tokyo.co.uk/guide05.php

2)ジャパンサービス
Tel: 0208 752 0445
http://www.s109768806.websitehome.co.uk/jsinfo/

3)JCE
http://www.jac-strattons.co.jp/property_search_lettings/property_lettings_list_jp.aspx?o=1

ここで気づいた。あまりに早く来すぎていて、空き物件があっても9月まではキープできないし、9月頃にならないとわからない物件も多いようだ。しかし、世の中、百聞は一見にしかず。得られた情報は多く、やはり来て見てよかった。西地区のゾーン2〜3は治安もいいようだ。日本語学校があり、日本人も多いらしい。1つよい物件をみつけ、ホッとしながら、気分よく、ちょっと歩いて帰ろうとSouth Kensingtonの手前3つの駅Hammer Smithで降りた。予測では1時間程度、約5〜6kmと考えていた。しかしながら、地図を買わなかったことが災いして、大きく道を間違え、真東に進むはずが、南東に大きくくだり、また北東にもどるってこととなり、2時間半の歩行に疲労困憊。

黒が実際の歩いた道。青が行く予定だった道。 A to Z地図はロンドンで必須アイテム。
まだ購入してなかった、とほほ。今日はここまで明日は1日実験日。夜は近藤邸に泊めていただく予定。・・

to be continued・・ 

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2008/06/26

London Imperial College Visiting Trip - 3rd Day-

2008年6月26日 Thursday

この日の朝はだいぶJet lagから開放され、ピタリと時間が合い、朝6時過ぎに早起きした。
とは言っても朝3時に目が覚めるところを3時間寝すごした形だからこりゃ楽だ。
今日の予定は昼ごはんを一緒に近藤先生と昼に会い、Alexという学生と食べるというmissionのみ。
ホテルはSouth Kensington駅に近く、Imperialまで5分、周辺には博物館が立ち並ぶ。
そこでホテル周辺を散策しようと、朝6時40分頃ホテルをでた。出てすぐだった。

  

流暢な英語で日本人のような女性に道を聞かれた。
あまりに英語がうまいので、日本人なら下手な英語で話すとややこしいので、日本語が話せるか聞いたところ、中国系アイルランド人と判明。
Kensington palaceに行きたいがどっちと聞かれたが、少し道が入り組んでいるので、向かう方向が同じだったので、お互いの写真を取り合って、Hyde parkを散策。博物館の写真とるにも、自分が写りこむには朝早く人が少ない。

  

  

Parkを出たところで、さらにBritish Museumに向かう。
地下鉄と歩くこと20分で、目的地に到着。
しかしながら、まだopenには1時間以上ある。
門が博物館職員のために開いていたので、強引に入り込み、慌てて写真を撮る。
そこで門番の職員の人に退去を促され、外観の写真を撮ったのち、門を出た。

次は?Madame Tussaud’s?なんだそれ?ガイドブックを確認する。
どーも、蝋人形館であることがわかった。
あとで検索するとhttp://www.monberu.com/html/travel/tassaud.htmのHPに詳細に記載されていた。以下は抜粋。
国王や貴族、反革命主義者の処刑は公開で行われた。
革命の成果を宣伝する方法の一つとして用いられたのが、蝋人形であった。
画家ダヴィッドは、フランス革命をイメージを盛り込んだ劇的な絵画で表現した。
それに対して、革命の一側面をあくまでも本物に忠実に、立体的に表現したのはマリー・グロシュルツ、のちのタッソー夫人である。
ちょっと大げさですね。とほほ。
蝋人形館の概要は以下の通りです。
18世紀のフランス女性、マリー・グロショルツ(Marie Grosholz 1761-1850)は一風変わった特技を持っていた。 --- 蝋人形作りである。
マリーの母は、解剖図の模型作りを得意とする医師Curtius(すんまへん、読み方判りませんT_T)の元で家政婦の仕事を得ており、マリーはこの医師から蝋細工の手ほどきを受けた。
マリーは革命前から、当時の有名人の蝋人形(ヴォルテールやB・フランクリンなど)を制作し、既に名声を得ていた。
その才能を見込まれ、ルイ16世の妹・エリザベート内親王の美術講師をしたり、ルイ16世一家の蝋人形制作を手がけるなどして宮廷に出仕することになった。革命勃発後、パリに連れ戻されたマリーは、処刑された重要人物のデスマスクを作る仕事に従事させられた。
その仕事の中には、かつて使えた国王、ルイ16世やマリー・アントワネットのそれも含まれていたという。
そんなマリーも恐怖政治の中投獄され、処刑の為に髪を刈られる(ギロチンの刃をより落ちやすくする為に、髪の毛を切るんですね。
ベルばらでもそんなシーンがありましたね)所まで行ったものの、幸運にも処刑を免れる事が出来た。
さて、出獄したとはいえ、革命の混乱期の中で食べていくのも一苦労。そこでマリーは、自らの作品の展示会を開催することにした。
−−−隣国のイギリスで。イギリスでの評価は非常に高く、のべ33年間も展示が全国を巡ったという。その間にもマリーは、国王ジョージ4世やナポレオンの蝋人形も制作するなど活躍を続け、ついに1835年、ロンドンに蝋人形館の常設館を設立した。それが現在の蝋人形館の元になっている。 
彼女の死後も、息子や孫が後を継ぎ、現在も蝋人形のコレクションは訪問のたびに増え続けている。

Wikipediaより写真を抜粋

    

    

    

    

    

       

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ここの写真は僕の相手は蝋人形、本物そっくりだね。
昼には戻って、Alexくんと近藤先生と英会話ランチ。
マダムタッソー話で盛り上がる。
ランチはなんとなく、American & British。
バーガーにサーモンBBQに得意のChips。

この後は昼のロング歩行に、2時間仮眠をとり、目的の家探しに不動産屋をチェック。
West Actonまで地下鉄で行き、近藤先生recommendの2)Japan serviceと連絡取れ、ここを選択。

1)ロンドン東京プロパティー
http://www.london-tokyo.co.uk/guide05.php

2)ジャパンサービス
Tel: 0208 752 0445
www.japanservices.info

3)JCE http://www.jac-strattons.co.jp/property_search_lettings/property_lettings_list_jp.aspx?o=1

ここで気づいた。
あまりに早く来すぎていて、空き物件があっても9月まではキープできないし、9月頃にならないとわからない物件も多いようだ。
しかし、世の中、百聞は一見にしかず。得られた情報は多く、やはり来て見てよかった。
西地区のゾーン2〜3は治安もいいようだ。
日本語学校があり、日本人も多いらしい。
1つよい物件をみつけ、ホッとしながら、気分よく、ちょっと歩いて帰ろうとSouth Kensingtonの手前3つの駅Hammer Smithで降りた。
予測では1時間程度、約5〜6kmと考えていた。
しかしながら、地図を買わなかったことが災いして、大きく道を間違え、真東に進むはずが、南東に大きくくだり、また北東にもどるってこととなり、2時間半の歩行に疲労困憊。

今日はここまで

・・ to be continued・・ 

明日は1日実験日。夜は近藤邸に泊めてもらう予定だ。

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2008/06/25

Imperial College London見学 〜準備・到着までの3日間

2008年6月21〜22日

悪夢がやってきた。旅を前にまたしても大事件!!
我輩の大事なPC LOOX Tのモニターを手で閉じた際に間に物が挟まり、液晶が破損!!!
見えないモニターを外付けモニターにて正常な可動していることを確認したものの海外にはもっていけない。
モニター持っての渡航はあまりに悲しい。そこでバックアップ用VAIO 505を登場させた。
懐かしいドッキングシステム。
いろいろなソフトやデーターのバックアップを完成させ、当直の忙しい中、使用可能とできた。
あ〜〜ほっと、一息。このPCトラブルの時の切迫感わかるかな〜〜?わかるよね!

6月23日当直から帰宅後、大慌てで荷物をパッキングし、成田直行飛行機に乗るため、一路新千歳空港へ。
ここは問題なく、通過。夜の食事はホテル日航成田で、寂しい食事となった。

6月24日成田空港発ーロンドンヒースロー空港行き
12:00ちょうど発なんだ。
起きてみれば9:40またしてもギリギリな人生。
大慌てで準備。バスも乗りそこね、Taxiで空港へ。
汗をかきかき、JALチェックインカウンターへ。
そこからはさすがJALグローバルクラブ会員(JGC)、会員用のチェックインカウンターで待たずにチェックイン。
両替を済まし、ファーストクラス用セキュリティーゾーンで待たずに通過、パスポートチェックは軽く終了し、サクララウンジに到着。

  

あれっれ・・ホテルを出てからラウンジまで20分しかたってなかったことに喜びながらも、これでまた悪い癖がついてしまう自分に反省。
サクララウンジ何でもあるある!朝食食べれなかったが、問題なし。


エコノミーの席ながら、JGCをしっかり使って、優先登場で先にビジネスクラスに座る人たちを尻目に後部の座席に。
非常口の広いゾーンを前もって確保し、荷物も好きなところに先に押し込み、ほっとした。


搭乗中は幸いにも、静かな女性だったため、座席肘掛で肘相撲大会は開催されず、静かに経過。トイレも近くて最高だね。


写真上))左から、謎のイギリス人?、ほとんど寝ている謎の日本女性、さらに謎の日本人
しかし・・到着後にさっそくの、波乱の幕開けとなった。

to be continued・・・       

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2008/06/25

London Imperial College Visiting Trip 2nd day

2008年6月25日 Wednesday

今日Todayの重要なimportant missionはImperial College London

  

紋章と家紋のMechanical Engneeringの玄関付近のプロペラのモニュメントプロペラの開発などで有名らしいOrthopaedic Biomechanics, Prof. Andrew Amis先生にご挨拶interview。

11:00 amの約束になんとか間に合い、いざDepartmentへ。

玄関付近に教授陣の絵がかざってある Amis先生のものをパチ
Amis先生は温かく迎えてくれる雰囲気にホッとしたものの、many questionがあり、academicな質問questionより、normalな質問qustionの方が難しいdifficult。ほとんどDr.Kondoが代返answerしてくれてしまった。
途中話が行き違い、単なるPhDと思われ、ClinicalなMD経験のことで大きく食い違ったが、わかってもらえちょっといい感じ。
Journal of Biomechanicsのpaperを1編書いていることをapealして、paperがあるなしの重要性を感じた。
近藤先生がORS awardのことを言ってくれたため、ちょっとうれしい。約30分であった。ここでAmis先生とはsee you.

  

挨拶が終わって、ネクタイをのけて リラックス 続いて近藤先生に実験室をみせてもらい、imperal collegeをあちこち案内してもらい、写真もパチパチtake a picture around。学食的なところでハンバーガーhumberberとサーモンsalmonのBBQ。

さっそく紐士graft masterとして、お手伝いをして、実験のさわりを経験した。
夕方からは英会話の先生:スー先生のクラスに潜入。
ちょっと変わったいい感じのおばあちゃん?でまさに小学校の国語教室状態。
クラスは日本人が近藤先生ふくみ5人・中国人2人・チェコスロバキア人1人など国際色豊か。英会話で絞られた後、日本人の仲間とPubとタイ料理の店に行った。☆☆☆がついたvery spicyなcurryを頼んだら、経験した辛さをこえており、冷や汗ものだった。

    

結構くせになるいい辛さ!? みなといろんな話をして交流し、現地時間の11:00頃解散しかけたそのときだった。
キキッーー、ドーン!なんということだろう!Traffic accident !バイクが車にはねられた。
バイクのイギリス男は約5m飛ばされている。
意識はある。まずそーっとヘルメットを抜去。
首の状態はよさそうだ。右足が動かない。
というより足部が膝の方向から90度外向きだ。
開放創あり開放骨折。なんってこった!
イギリスで開放骨折に出くわすなんて!
近藤先生が足背動脈の確認をする。
膝も開放創があるが、靭帯や骨折脱臼はなさそうだ。
下腿が2箇所くらいで折れていそうだ。
足関節開放脱臼骨折ってカンジ。
約10分で救急隊到着。
エアーキャスト装着し、無事搬送されていった、全身状態はよさそうだった。
安心して改めて解散。
うーん写真はないねえ。人道的にも!
本当だけど証拠なし。 やっぱり、濃ううい、1日が終わった。
長い1日だった。今日は22時間くらい起きていた。
しかし、全く眠くないなあ・・と思いながらムニャムニャ・・すぐ寝ていた・・・
そうこのときも明日の大きなハプニングを知らずに。

to be continued・・・ 

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2008/06/24

London Imperial College Visiting Trip 1st day

2008年6月24日 Tuesday 5:00pm

到着ロビーはヒトであふれかえっていた。今思うと、ウィンブルドンのテニスの試合があり、観光シーズンに入ってきた頃である。Passport controlで、混雑していた。待つこと30分、私の番がやってきた。

目的は?滞在日数は?滞在先は?と順調に答えていたのだが、Booking.com http://www.booking.com/で予約していたホテルの予約票を印刷してなかったので、証明できず!!これには、渡航歴がたくさんあるため、チェックが厳しい。仕方なくブッキングドットコムで頼んで取ったを連呼。なんとか許してくれたので、ホッと胸をなでおろし、税関では申告品なく、気持ちよくグリーンドアから通過する・・・はずだった。

hey,hey you! Please, come on!と言ったかどうかは記憶にないが、呼び止められた。
“Do you live here?” “No, I live in Japan” 滞在期間は10日間にしては、荷物が多いとのこと。またしても、荷物持ちな僕。英会話、英語の勉強の本などをたくさん持ってきてしまった。生ものなどないかと聞かれ、“No, No” “Do you have Cigaret?” うっつ・・持っている。お土産に持ってきたのだ。“How many?” “2 cartons” ここでひっかかり、“Open”の命令が・・。開けたくなかった。実は医療用針糸やメス刃を大量に持っていたので、なんだなんだと聞かれるとめんどくさいなあと思っていたからである。しかし、世の中、反対反対に動くもので、それには興味を示さず、お土産に持ってきた素麺の木箱を眺め、“What is this?”“Japanese Noodles” イギリス人に麺が木箱に入っていることなど理解できるはずもなく、執こく不思議がって聞く。“Souvenir”を連呼して、無罪放免。疲れた。12時間乗って、30分待って、なぜ、俺をスムースに入れてくれない!? 

そう、僕はいつも微妙なトラブルが起きやすい。そう言えば、アメリカでもチェックがされやすかった。うん・・人相が悪いか?服装が悪いか? 服装はいつも兄(アン)ちゃん風だなあ・・反省(ホントはしてないが)。サンディエゴのときは預けた鞄に入れたつもりのアーミーナイフをDバッグに持っていたため、連れていかれそうになったこともあったが。

近藤先生の温かい出迎えに、甘えてホテルの場所も確認ソコソコに、Tubeの乗り方も勉強せず、ノーマークで着てしまった。SuicaやPASMOみたいなOyster cardをいただき、システムを伝授された。またまた自分の甘さに反省。

South Kengsington駅に到着。

ホテルにチェックイン(駅から30秒)して、

ホテルまで荷物を半分もってもらったりしながら来てもらった近藤先生

初Imperial collegeの外観をみて、ちょっと感動。

インペリアル初見参 なぜなら、別の部署だが、ブラインドの上がった明かりのついた研究室には材料試験機がならんでるのがみえる。メカや〜〜って感じにうれしい。

   

ピカデリーサーカスPiccadilly Circus付近  ナショナルギャラリーNational Gallery付近

Mussel (ムール貝)のお店で、飯を食べ、近況報告をしあった。
  

これはなかなかうまかった!

pm11:30 おやすみ zzzz       

明日はもっと濃い日となることも知らずに

・・・to be continued

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2008/06/13

医局対抗野球大会 〜初参戦〜

とうとうやってきたんや、こ
の日が。実は個人的に、この試合にかなりの思いいれをしてきたんや。
小さい頃から野球が大好きで、部活や少年野球クラブに属したことはないものの(古いっ)長嶋や王にあこがれ、野球にあけくれたことも多かったんよ。久しぶりの本格的な野球の試合にむっちゃ楽しみにしてた。

バッティングセンターは週に2〜3回通い、行けば200球以上を打ってきた。

自慢のクリーンアップを紹介しよう!
  

これがうちのチームの三番、四番、五番だ。
さすが、野球部!彼らの活躍なくしていい試合は出来なかったろう。

  

下位打線だが、皆なかなかの活躍をしたんや。

試合は、1回裏で3点先取され3回0点に抑えられたのち、徐々に得点し、とうとう6回表で追いついたwww 同点!!!
が、しかし、裏で涙の1点!!取られた。ここまで6回を一人で投げ抜いてきたヨコチンが肩の調子は良いものの、体力的に苦しくなってきた。球のスピードやコントロールには、やはり目を見張るものがあり、もっと練習していれば相当なものだろう。なんせ、元 筑波大学野球部なんだぜ!


名犬ラッシー?を連れた余裕の北村監督

とはいえ・・ここで、わいのリリーフ登板が実現!7球の投球練習で最後の球がなかなかよかったので、ちょっと不安が解消。
行くぜえええ、第1っ球!! 一球入魂! 投げた〜〜〜いいスピードボールが行ったあああ、カキ〜〜ン!!
会心の当たりだあ、ああああああ・・と思ったらセンターライナー、アウト。
やややっつ、やった、リリーフ成功。うぬっ・・? わいはまだ1っ球しか、投げてないぜ!!複雑な気持ち。。
気持ちは切り替えて、バッターボックスに。1点差、1番バッター。
死んでも1塁に出なければ・・・これしかない!!コツン・・コロコロ・・・ダダダダダダダーダアッシュ!!セーフ!  
とりあえず、盗塁など重ね、3塁まで到達。が、相手にうまくおさえられ、試合は結局負けてもうたが、楽しかったし、残念であった。
またがんばろう。みんなwww、お疲れさんやでえええ。

応援にきてくれた皆様ありがとう!!

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2007/10/02

関節鏡の歴史

1877年 Max Nitze が膀胱鏡を創製

1918年 高木憲次が膀胱鏡で屍膝関節を観察

1921年 E.BircherJacobaeusの胸腹腔鏡で18膝を観察

1922年 高木憲次が世界初の関節鏡(7.3mm)結核膝を観察

1931年 M. Burmanが股・膝・足・肩・肘手関節に関節鏡を施行

1949年 渡辺正毅が東京逓信病院に赴任 関節鏡の試作繰り返す

1957年 渡辺・武田・池内が13号関節鏡によるAtlas of Arthroscopyを刊行

1959年 渡辺・武田が21号関節鏡を完成(4.9mm)

1962年 渡辺が世界初の鏡視下半月板切除術

1975年 McGintyらにより関節鏡テレビシステム導入

1991年 栗若良臣(我師匠)が顕微関節鏡(拡大関節鏡)を開発

 

1995年 栗若良臣が日本関節鏡学会 監事(?1999

l        宮武 慎 麻植協同病院(診療部長栗若)に赴任、

1998年 栗若良臣が日本関節鏡学会会長に選任される

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